里山再生とWorkaway活用
——土地の記憶を、人の手で紡ぎ直す

放棄された里山は、存在証明の消失である。
Workawayを通じた国際ボランティアの力で、土地の記憶を再生し、新たな物語を刻む。

この記事で言いたいこと:里山は人間と自然が何百年もかけて共に刻んだ存在証明である。その荒廃は、世代を超えた記憶の断絶を意味する。Workawayは、地球の反対側から来た人の手によって、この土地の記憶を紡ぎ直す仕組みになりうる。

1. 里山という存在証明

里山は「自然」ではない。人間が数百年にわたって手を入れ続けることで維持されてきた、人と自然の共作である。雑木林の間伐、水田の水管理、畦道の草刈り——それぞれの行為が、世代から世代へ受け渡されてきた暮らしの痕跡であり、土地に刻まれた存在証明そのものだ。

棚田の石垣は、何世代もの農家が一つずつ積み上げた。用水路の流れは、数百年前の誰かが設計した水の道を今も辿っている。里山の風景は、名もなき人々の労働と知恵の堆積層である。

里山が消えるとき

日本の里山は急速に消失しつつある。環境省の調査によれば、日本の里地里山の約4割がすでに自然遷移の過程にある。つまり、人の手が入らなくなり、管理された多様な生態系から単調な藪へと変わりつつある。

これは単なる景観の変化ではない。里山が荒廃するとき、失われるのはその土地に刻まれた何百年分の存在証明である。棚田は崩れ、水路は埋まり、獣道だけが残る。かつてそこに人の営みがあったという痕跡が、植生に覆われて消えていく。

里山の荒廃は、風景の問題ではない。世代を超えて蓄積された存在証明——人と自然が共に刻んだ記憶——の消失である。

2. なぜ里山は放棄されるのか

里山の放棄は、複合的な構造問題の帰結である。

高齢化と後継者不在

中山間地域の農業従事者の平均年齢は70歳を超えている。子や孫の世代は都市に出て戻らない。里山の管理技術は口伝で継承されてきたが、その担い手がいなくなりつつある。

経済的な不合理

棚田の米は平地の数倍のコストがかかる。間伐材の搬出は採算が合わない。里山の維持は、経済合理性だけでは正当化できない。しかし、それは経済が捉えきれない価値——生態系サービス、文化的景観、世代間の連帯——が里山に含まれているからだ。

「手を入れる」という行為の断絶

里山は放置すれば「自然に戻る」と思われがちだが、実際には生物多様性が低下する。里山特有の半自然環境——明るい林床、草地、湿地——は、人間の適切な介入によって初めて維持される。手を入れる人がいなくなることが、里山の存在証明を消す最大の要因である。

3. Workawayという可能性

Workawayは、ホストとボランティア旅行者をつなぐ国際的なプラットフォームである。旅行者は1日約5時間の作業を行い、ホストは宿泊と食事を提供する。給与の支払いは不要だ。

労働力ではなく、関係性

Workawayの本質は「安い労働力の確保」ではない。文化と文化の交差点をつくることにある。フランスから来た青年が竹林の間伐を手伝い、オーストラリアの女性が味噌づくりを学ぶ。彼らにとって、それは観光では決して得られない体験であり、ホストにとっては、自分たちの日常が持つ価値を外からの視点で再発見する機会になる。

そしてその交差は、新しい存在証明を生む。「この棚田を、ブラジルから来た青年と一緒に修復した」——その記憶は、土地にも人にも刻まれる。

里山とWorkawayの親和性

里山の作業は、高度な専門技能がなくても参加できるものが多い。草刈り、枝打ち、水路の清掃、薪割り、収穫の手伝い。身体を使い、土に触れ、季節を感じる。これはまさにWorkawayゲストが求めている体験——日常を離れ、その土地の生活に入り込むこと——と一致する。

里山が必要としているのは「人の手」であり、Workawayが提供するのはまさに「世界中からやってくる人の手」である。この接続は偶然ではなく、構造的な親和性を持っている。

4. 存在証明の重層化

里山にWorkawayを導入することで起きるのは、存在証明の重層化である。

土地の記憶の更新

放棄された里山に人の手が入ることで、途絶えかけた存在証明が更新される。しかもそれは、元の住人だけでなく、異なる文化を持つ人々の手によって行われる。日本の里山の記憶に、世界各地から来た人々の痕跡が加わる。

ゲストが持ち帰る記憶

Workawayゲストは、滞在先での経験を母国に持ち帰る。SNSへの投稿、友人への語り、そしていつか子どもへの話。「日本の山奥で棚田の石垣を直した」という記憶は、ゲストの人生にも刻まれる。里山の存在証明は、物理的な場所を超えて、人を通じて世界に広がっていく。

レビューが次を呼ぶ循環

Workawayのプラットフォームでは、ゲストがホストのレビューを書く。良い体験は良いレビューを生み、良いレビューは次のゲストを呼ぶ。広告費ゼロで、口コミの循環だけで新たな人の手が里山にやってくる。これは持続可能な仕組みである。

5. 生態系の再生と存在証明

里山の再生は、人間の存在証明だけでなく、生態系の存在証明の回復でもある。

生物多様性の回復

適切に管理された里山は、原生林よりも高い生物多様性を持つことがある。明るい林床にはギフチョウが舞い、水田にはドジョウやカエルが棲み、雑木林の縁にはキジが営巣する。人の手が入ることで、多様な生命の存在証明が回復する。

トキという象徴

かつて日本中の里山に生息していたトキ(朱鷺)は、里山の荒廃とともに姿を消した。佐渡島での再導入プログラムは、里山の環境を復元することでトキの生息地を取り戻す試みである。トキの存在証明を回復するには、里山の存在証明を回復しなければならない。トキストレージという名前に込めた思いと、この物語はどこかで重なっている。

炭素の吸収と循環

管理された里山林は、放置林よりも効率的に炭素を吸収する。間伐によって日光が林床に届き、下層植生が育ち、土壌の炭素蓄積が増える。里山の再生は、気候変動への地域レベルの貢献でもある。

「里山は人間がつくった生態系の傑作であり、その保全は人間の責任である。」

——鷲谷いづみ『里山のこれまでとこれから』の議論を敷衍して

6. 実践の現場から

この構想は、机上の空論ではない。

マウイでの原体験

2025年、代表・佐藤卓也はWorkawayゲストとしてマウイ島に滞在した。ホストのもとでオフグリッド環境の構築を手伝いながら、世界中から来たゲストたちと生活を共にした。彼らは観光では見えない、土地の暮らしの奥深くに入り込んでいた。この経験が、「日本の里山でも同じことができる」という確信の出発点になった。

三重県NPOとの協働

現在、三重県のNPO法人へのWorkaway導入支援を進行中である。里山の保全活動を行うこの団体に、国際ボランティアを受け入れる仕組みを設計している。英語プロフィールの作成、ハウスルールの整備、ゲスト受入体制の構築——実地で得られる知見が、このエッセイの土台になっている。

佐渡島への展望

佐渡島は、トキの野生復帰で世界的に知られる。棚田、能、金山——この島には重層的な存在証明が刻まれている。佐渡への拠点設置を準備する中で、Workawayゲストが里山再生に参加する仕組みを構想している。トキが舞う棚田を、世界中から来た人の手で維持する。そんな未来は、決して遠くない。

7. 課題と誠実な向き合い方

里山再生にWorkawayを活用する構想には、課題もある。誠実に向き合いたい。

言語の壁

中山間地域の高齢者と外国人ゲストの間には、言語の壁がある。しかしマウイでの経験から言えば、身体を使う作業においては言葉以上に伝わるものがある。翻訳ツールの進化も追い風だ。そして、困ったときに頼れるサポート体制があれば、壁は乗り越えられる。

文化的な摩擦

生活習慣の違い、食事の好み、時間感覚——文化の違いは摩擦を生むことがある。しかし、それを「問題」と捉えるのではなく、「出会いのコスト」と捉えたい。摩擦の先にある相互理解こそが、Workawayの本質的な価値だからだ。

持続可能性の設計

Workawayゲストは数週間で去っていく。里山の再生には年単位の継続が必要だ。だからこそ、一人のゲストに依存するのではなく、常にゲストが循環する仕組みが重要になる。レビューの蓄積、ホストネットワークの形成、季節ごとの作業プログラムの設計——仕組みで持続可能性を担保する。

8. 里山から世界へ、世界から里山へ

里山は「ローカル」の象徴であり、Workawayは「グローバル」の象徴である。この二つが交差するとき、何が起きるか。

ローカルな場所に、グローバルな人の手が入る。グローバルな旅行者が、ローカルな暮らしの価値に気づく。里山の存在証明は世界に広がり、世界の人々の存在証明が里山に刻まれる。これは一方通行の支援ではなく、双方向の贈与である。

トキストレージの使命は「存在証明を千年先へ届けること」だ。しかし記録するだけでは足りない。記録されるべき新しい物語を生み出す仕組みが必要だ。里山の再生にWorkawayを活用することは、消えかけた存在証明を回復し、同時に新しい存在証明を重ねていく営みである。

里山は閉じた世界ではなく、世界に開かれた場所になりうる。Workawayは、その扉を開く鍵である。

結論——人の手が紡ぐ、土地の記憶

里山は、人間と自然が何百年もかけて共に刻んだ存在証明である。その記憶が途絶えかけている今、必要なのは「人の手」だ。

Workawayは、地球の反対側から人の手を届ける仕組みである。フランスの青年が竹を伐り、ブラジルの女性が棚田の水路を掃除し、オーストラリアの家族が味噌を仕込む。彼らの手は里山の記憶を更新し、同時に彼ら自身の人生にも新しい記憶を刻む。

里山の存在証明を守ることは、人類と自然が共存してきた知恵を守ることである。そしてWorkawayを通じてその営みに世界の人々を招き入れることは、存在証明を閉じた記録としてではなく、生きた物語として紡ぎ続けることにほかならない。

人の手が入り続ける限り、里山は生き続ける。その手が世界中からやってくるなら、里山の物語はさらに豊かになる。

参考文献

  • 武内和彦・鷲谷いづみ・恒川篤史 編 (2001). 『里山の環境学』 東京大学出版会.
  • 環境省 (2010). 『里地里山の保全・活用に関する調査報告書』.
  • 鷲谷いづみ (2011). 『さとやま——生物多様性と生態系模様』 岩波ジュニア新書.
  • Takeuchi, K., Brown, R. D., Washitani, I., Tsunekawa, A., & Yokohari, M. (Eds.) (2003). Satoyama: The Traditional Rural Landscape of Japan. Springer.
  • Duraiappah, A. K. et al. (2012). Satoyama–Satoumi Ecosystems and Human Well-Being. United Nations University.
  • Workaway.info (2026). How Workaway Works.