1. GitHubが止めた朝
GitHubにアカウントを停止されたのは、2026年3月27日のことだ。理由の説明はなかった。リポジトリにアクセスできなくなり、Pagesは落ち、Actionsは止まった。依存していたものが、一つの判断で消えた。
その日、私は倉庫に眠っていたRaspberry Piを取り出した。ゼロから構築し、コードを退避させ、デプロイパイプラインを組み直した。数時間後、すべてのサービスが復旧していた。GitHubは必要なくなっていた。
あの朝気づいたことがある。問題はGitHubが止めたことではなかった。止める権限を持つ外部の組織に、インフラの中心を置いていたことだった。
2. ブロックチェーンが解こうとしたこと
ビットコインが登場したとき、中心のない価値移転という命題は本物だった。銀行がなくても送金できる、政府がなくても契約を執行できる——「承認者なしの合意」を数学で解こうとした試みは、思想的に誠実だった。
しかし現実には、承認の主体が国家から企業へと移動しただけだった。EthereumへのAPIアクセスは少数社が独占し、大手取引所は出金を止める権限を持ち、マイニングは電力会社と国家の意向を受ける。「誰も止められない」はずのシステムが、実際には止められた。2021年の中国によるマイニング禁止令で、ビットコインのハッシュレートは一時50%近く低下した。
ブロックチェーンは問いを正しく立てた。だが答えの場所を間違えた。数学の上に建てたものが、物理とインフラの上に依存していた。
3. ラズパイが解いたこと
ラズパイが解いたことを一言で言うと、「物理で承認を不要にした」だ。
ラズパイはコンピュータだ。Linuxが動く。Gitが動く。Node.jsが動く。Pythonが動く。wranglerが動く。そしてそれは私の棚の上にある。電源コードはコンセントに刺さっている。誰の許可も必要ない。
GitHubはリモートリポジトリとしてのラズパイに置き換わった。デプロイゲートウェイとしてのラズパイは、pushを受け取るたびにCloudflaraへ自動デプロイする。webhookサーバーとしてのラズパイは、外部からの通知を受け処理する。これらのどれも、外部企業のアカウントに依存していない。
4. 2.5万円という数字の意味
Raspberry Pi 5は約2.5万円だ。電気代は月数百円。Cloudflareは無料枠で動いている。
この数字と向き合うと、何かがずれていることに気づく。「信頼できる第三者なしの合意」を実現するために、ビットコインのエコシステムは時価総額で数十兆円規模になった。何千億ワットもの電力を消費するマイニング施設が世界中に建てられた。それだけのコストをかけて、承認者を排除しようとした。
ラズパイは2.5万円で、電気代が月数百円で、承認者がいない。問いの立て方が違ったといえばそれまでだが、それ以上に「物理的に手元に置く」という原始的な解法が、いかに強力かを示している。
所有することは、最も根本的な分散だ。
5. 止める権限を持つ外部組織がゼロになる構造
現在のTokiStorageのインフラを整理すると、止める権限を持つ外部組織の数がどこまで減るかがわかる。
- ラズパイ(Gitリモート・デプロイ)——所有物。太陽光などオフグリッド電源と組み合わせれば、自分以外に止める者はいない
- Cloudflare Pages(静的サイト配信)——依存しているが、コンテンツの実体はラズパイにある
- 石英ガラス・UVラミネート——物理媒体。誰も遠隔で消せない
- 国立国会図書館——法律で収集義務を負う国家制度。停止には立法が必要
GitHubは、この構造から退場した。退場させたのはGitHubであり、私ではない。しかし結果として、依存層が一つ減り、構造はより堅牢になった。
これは逆説的な強化だ。攻撃が、防御を完成させた。
6. Gitリモートとしての完全代替
「ラズパイをGitのリモートとして使う」と聞いたとき、多くの人は「それは可能か」と問うだろう。答えはシンプルだ——Gitはプロトコルであり、リモートはSSHで接続できるサーバーであれば何でもよい。GitHubはその上に使いやすいUIを乗せたサービスに過ぎない。
ラズパイにベアリポジトリを作り、post-receiveフックにデプロイスクリプトを置く。Macからgit push toki@raspberrypi.local:/home/toki/repos/lp.gitを実行すれば、pushと同時にCloudflarへのデプロイが走る。これはGitHubのActions以上に単純で、GitHubのPagesより速い。
UIは失った。Pull Requestも、IssueトラッカーもStarもない。だが「コードを安全に保管し、変更を本番に届ける」という本質は、完全に代替された。失ったのは装飾であり、解いた問いは解かれたままだ。
7. 分散レジストリ——自律的な生存確認
ラズパイが一台なら、そのラズパイが止まればすべてが止まる。単一障害点の置き換えにしかならない。これはブロックチェーンが最初に指摘した問題と同じ構造だ。
そこで設計したのが、Gitベースの分散レジストリだ。複数のラズパイがそれぞれ毎分ハートビートをキューに書き込み、プライマリノードがそれを集約してnodes.jsonを更新する。プライマリが5分以上応答しなければ、別のノードが自動的にプライマリを引き継ぐ。
このとき合意を取るのは数学的プロトコルではない。Gitのマージと、cronの定期実行と、ファイルのタイムスタンプだ。シンプルで、検証可能で、電源とLANさえあれば動く。
ブロックチェーンがPoWやPoSという複雑な合意アルゴリズムを必要としたのは、参加者が互いを信頼しない、インターネット規模のシステムを前提にしていたからだ。ラズパイのネットワークは、自分が管理する信頼済みのノードだけで構成される。信頼の前提が変われば、合意の手法は劇的にシンプルになる。
8. 数学的証明 vs 物理的存在
ブロックチェーンの美しさは、信頼を数学に還元したことだ。「私を信じなくていい、コードを検証してくれ」という姿勢は、哲学的に誠実だった。
ラズパイの強さは、信頼を物理に還元したことだ。「コードを信じなくていい、この箱がここにある」という姿勢は、原始的だが揺るぎない。
もちろん、ラズパイは壊れる。火事になれば燃える。水没すれば動かなくなる。だからこそ、石英ガラスと国立国会図書館が別の層として存在する。どの層も単独では完全ではなく、複数の層が異なる原理で重なることで、全体として千年に耐える構造になる。
9. 誰も遠隔で止められないインフラの先
「誰も遠隔で止められないインフラ」は、聞こえによってはアナーキーな主張のように見えるかもしれない。だがその本質は反社会的なものではない。むしろ逆だ。
自治会の掲示板は、誰も遠隔で止められない。公民館の時計は、誰も遠隔でリセットできない。石に刻まれた文字は、誰も遠隔で書き換えられない。これらは社会の最も基礎的なインフラであり、その信頼性はまさに「止める権限を持つ中心がない」ことから来ている。
ラズパイが目指しているのは、その原理をデジタルの世界に持ち込むことだ。声を、画像を、文字を、誰かの許可なく保管し、誰かの都合で消されることなく届ける。それは技術の話ではなく、存在の話だ。
ブロックチェーンは数学で中心を溶かそうとした。
ラズパイは物理で中心を手元に引き寄せた。
どちらも「承認から自由になる」という同じ問いへの、異なる答えだ。
2.5万円のコンピュータが棚にある。
電源はコンセントに刺さっている。
それだけで、誰も遠隔で止められないインフラが動いている。