1. 「先進的すぎる」という言葉
ある行政機関の担当者と話した。実際にQRコードをかざしてもらい、声が蘇る体験をしてもらった。相手は「アイデアはすごくいいと思う」と言った。そして続けた。「先進的すぎて、今すぐは難しい」と。
その言葉を持ち帰って、ブローシャを作った。タイトルはこうだった。「先進的すぎる、はいつか『当たり前』になる。」
書いた直後に気づいた。これは焦りを煽っている。「あなたが先進的すぎると思っているのは間違いだ」と、相手の判断を外から否定している。担当者が読んだとき、なんとなく責められているように感じるかもしれない。
タイトルを変えた。「今日残した声が、100年後のまちの記憶になる。」
同じ内容を伝えているのに、受け取る側の感覚がまるで違う。前者は「お前が遅れている」という告発だ。後者は「あなたが今日やることが、未来につながる」という招待だ。
2. 「公文書は残る。でも」という喧嘩
ブローシャの冒頭にこう書いていた。「公文書は残る。でも『どう生きたか』は残らない。」
書いた直後に違和感があった。行政の担当者が読んだとき、何を感じるか。「公文書を積み上げてきた自分たちの仕事が否定されている」と感じるかもしれない。対話の入口でそれをやってしまうと、その後の言葉が入らなくなる。
書き直した。「声・顔・ことばを物理・国家・デジタルの三層で保管する、存在証明のインフラです。」
公文書と戦うのではなく、公文書が守ってきたものの隣に並ぶ。それだけで、言葉の立ち位置が変わった。
3. 「補助金・交付金」という他人の言語
伴奏支援の内容を書いていて、こう書いた。「補助金・交付金の調査、議会説明資料の提供」
しばらくして気づいた。消防本部や市役所のような行政機関は、補助金や交付金を「受け取る側」ではない。彼らは「予算を要求する側」だ。補助金という言語は、NPOや民間企業が行政から受け取るときに使うものだ。
行政の担当者が実際に直面しているのは、予算要求であり、査定であり、議会での承認だ。「補助金を調べましょう」という言葉は、相手の現実と噛み合っていない。
書き直した。「予算要求・費用対効果の説明資料をともに作成。議会答弁にも使える資料を整えます。」
言葉が一つ変わるだけで、「この人はわかってくれている」という感触が生まれる。逆に言えば、一つ間違えるだけで「この人は外の人だ」という距離が生まれる。
4. 担当者のモノローグ
三つの壁の説明を書き直すとき、一つの問いを立てた。「担当者は今、何を独り言で言っているか?」
効果の定量化について、当初はこう書いていた。「『便利そう』だけでは稟議が通らない。保存年数・閲覧回数・人件費削減を数字で示す必要がある。」これは外からの観察だ。
担当者の内側にある言葉はこうだ。「ユースケースは思い浮かぶ、やってみたい。でも稟議を通すには数字が必要だ。効果をどう定量化すればいい?」
法整備についても同じだ。「個人情報保護法・公文書管理法との整合性確認」という法律家の言葉より、「前例がないと、法的な論点を整理するだけでも時間がかかる」という担当者の言葉の方が、はるかに刺さる。同じことを言っているのに、片方は「課題の説明」で、もう片方は「一緒に悩んでいる」になる。
5. 具体性は、誰の具体性か
ユースケースも同じ問題を抱えていた。当初はこう書いていた。「文化財・教育——石碑・建造物・伝統芸能の音声を三層保管。国立国会図書館収蔵で国家記録に昇格。物理劣化後も完全再現が可能。」
これは技術的な説明としては正確だが、担当者が「自分ごと」として読めない。
書き直した。「石碑の碑文、無形文化財の実演、郷土芸能の音声をQRに。解説板にQRを貼るだけで、劣化した碑の前に立った人がその声と映像を受け取れる。」
「劣化した碑の前に立った人」という場面が入ることで、担当者は自分の担当エリアの石碑を思い浮かべる。具体性は、こちらが持ち込むものではなく、相手の頭の中に映像が浮かぶかどうかで決まる。
6. 「前例がない」という孤独
このブローシャを作る原点にあるのは、国際ボランティアで出会った「無名氏」と刻まれた墓石だ。名前すら残らなかった人がいる。全ての人に、生前・死後を問わず記録を残す機会を作りたい——その想いから始まった。
行政の担当者が「前例がない」と感じる孤独は、その問いと繋がっている。誰かが最初にやらなければ、前例は生まれない。「前例がない」を一人で抱えなくていい、という言葉をブローシャの中に入れたのは、そのためだ。
無名氏の墓石と、行政担当者の「前例がない」という言葉は、同じ根を持っている。記録されなかったことへの、静かな抵抗だ。
7. 相手目線とは、相手の内側に入ること
「相手目線で書く」という言葉はよく使われる。でも実際には、相手の立場から外側を観察する「立ち位置の変更」で終わることが多い。
本当の相手目線は、もう一段深い。相手が今この瞬間、頭の中で何を言っているか。どんな言葉で自分の状況を理解しているか。何に不安を感じていて、何に安心を感じるか。
それを探るには、相手の日常に入る必要がある。担当者が動く組織の論理、使う言語、感じる孤独——そこまで降りていかないと、相手の内側の言葉には届かない。今回のブローシャでいえば、担当者が「面白いと思った話を形にして前に進める最初の一歩」を必要としていることに気づいたのは、実際に面談してその言葉を聞いたからだ。
8. 言葉が変わると、誰に届くかが変わる
タイトルを変えた。冒頭の一文を変えた。箇条書きの言語を変えた。内容は変わっていない。でも、誰に届くかが変わった。
「先進的すぎる」という言葉は、先進性に自信がある人に届く。「今日残した声が」という言葉は、今日何かを始めようとしている人に届く。前者は相手を動かす前に立ちはだかり、後者は相手の背中を押す。
言葉はそれ自体が設計だ。誰に届くかを設計し、どんな感情を起こすかを設計し、どんな行動につながるかを設計する。その設計を怠ると、どんなに良い内容でも、届くべき人に届かない。
相手の内側にある言葉を探すこと。それが、届く言葉を書くための唯一の方法だ。