なぜ10分なのか
イベントと聞くと、会場を借り、プレゼン資料を作り、集客し、当日を迎えるまでに膨大な準備を想像する。それは正しいイベントの形だが、トキストレージのグループイベントには当てはまらない。
必要なのは、集まりの中の10分間だけだ。
すでに予定されている食事会、勉強会、サークル活動、保護者会、同窓会——人が集まる場は日常にいくらでもある。その中で10分をもらう。それがこのイベントの全体像だ。
新しい場を作るのではなく、すでにある場を借りる。だから準備のハードルがほぼゼロになる。
10分間の構成
やることは三つしかない。配る、語る、案内する。
Pearl Soapを配る
参加者一人ひとりにPearl Soapを手渡す。肉球の形をしたココナッツの香りの石鹸。受け取った瞬間、「これは何?」という自然な問いが生まれる。名刺でもチラシでもなく、石鹸が渡される意外性が、会話の入り口を開く。
プロダクトとサービスの想いを語る
愛犬Pearlの話をする。18年間一緒に暮らし、静かに旅立った犬の名前を石鹸に刻んだこと。「いてくれてありがとう」という言葉を形にしたかったこと。そして、その「残したい」という気持ちをサービスにしたこと——声を石英ガラスに刻み、国会図書館に納本し、千年先まで届ける仕組みを作っていること。技術の説明ではなく、なぜ始めたのかを話す。
モニター協力の機会をご案内する
「もし共感してくださったら、モニターとしてお手伝いいただけませんか」と伝える。石鹸のQRコードをスキャンすると、サンクスページに辿り着く。そこから「モニターを手伝う」ボタンを押すだけ。金銭負担はゼロ。名前と連絡先を入力するだけで完了する。売り込みではなく、お誘いとして。
お礼と余韻
「お時間をいただきありがとうございます。石鹸は使ってなくなりますが、一緒に過ごしたこの時間は残ります」で締める。あとは自然な会話に戻る。質問が出れば答える。出なければ、それでいい。石鹸が手元に残っている限り、思い出す機会は何度でも来る。
パールソープを配る
なぜ最初に石鹸を配るのか。
チラシを配ると、受け取った瞬間に「営業だ」と判断される。名刺を渡すと、「仕事の話だ」と身構えられる。しかし石鹸を渡すと、「え、なにこれ?」と笑顔になる。
Pearl Soapは犬猫の肉球の形をしている。手に取ると、ココナッツの甘い香りがする。大人も子供も、男性も女性も、「かわいい」と言う。この反応は、セールスの文脈では絶対に生まれない。
石鹸という実用品であること。消費されればなくなること。高価すぎず、安価すぎないこと。この三条件が「もらって困らない贈りもの」を成立させている。受け取る側に心理的な負担がない。だから笑顔で受け取ってもらえる。
最初に「あげる」から、次の言葉が届く。
石鹸は会話のための余白を作る。
プロダクトサービスの想いを語る
石鹸を受け取った人は、自然に「なんで石鹸なの?」と聞いてくる。あるいは聞かなくても、手元の石鹸を見ながら耳を傾ける準備ができている。
ここで大事なのは、機能の説明をしないことだ。
「石英ガラスに音声を記録します」「国会図書館に納本します」「GitHub上にバックアップします」——正確だが、伝わらない。技術は手段であって、目的ではない。
語るべきは、なぜこれを始めたのか。
Pearlという犬と18年間過ごしたこと。晩年は吠えることもなく、静かに旅立ったこと。声が残っていたらと思ったこと。「いてくれてありがとう」という言葉を、時間が消せない形にしたかったこと。
そしてふと気づいたこと——千年先まで記録が届くのは、歴史上、権力者だけだった。普通の人の声は消えていく。その制約を外したい。すべての人に「存在証明」を届けたい。
この話に3分もかからない。でも聞いた人の中に、何かが残る。自分の親の声、祖父母の声、子供の声——「残したい」と思ったことがある人は、必ずいる。
モニター協力機会をご案内する
想いを語ったあと、唐突に「買ってください」とは言わない。その代わりに、こう伝える。
「もし興味を持ってくださったら、モニターとして協力いただけると嬉しいです。」
モニターとは何か。トキストレージのサービスを実際に体験し、フィードバックをいただくこと。費用負担はない。声を録音してQRコードにする無料ツール「TokiQR」を使ってみる。使用感を教えてもらう。それだけだ。
石鹸についているQRコードをスキャンすると、サンクスページに飛ぶ。そこには「モニターを手伝う」というボタンがある。名前とメールアドレスを入力するだけで登録が完了する。
ここで重要なのは、「お願い」ではなく「ご案内」であること。やるかやらないかは完全に相手の自由だ。石鹸を受け取った返報性の気持ちと、物語への共鳴が重なったとき、自然に行動が生まれる。押し売りの必要は一切ない。
売り込みゼロで動く人が現れる。
それは、先に石鹸を「あげた」からだ。
負担のない関与が未来を作る
「モニターに協力する」と聞くと、「面倒なことを頼まれるのでは」と思うかもしれない。だからこそ、負担がないことを設計の中心に置いている。
モニターに求めることは最小限だ。TokiQRを試す。使ってみた感想を送る。必要であれば、追加のフィードバックに答える。それだけ。時間にして数分。金銭負担はゼロ。
しかし、この「数分の関与」が持つ意味は大きい。
トキストレージは、まだ多くの人に知られていないサービスだ。石英ガラスに声を刻む。国会図書館に納本する。千年先まで届く記録インフラを作る。——これらの言葉を初めて聞いた人が「面白そう」と思い、TokiQRを試し、「使えた」と報告してくれる。その一人ひとりの体験が、サービスの改善につながり、次の人を呼び、やがてインフラとして定着していく。
一人の関与は小さい。でも仕組みとして回り始めたとき、それは未来を作る力になる。
このイベントで起きていること
10分間のグループイベントを分解すると、実は精密な設計がある。
- 信頼の構築——石鹸を先に渡すことで、「この人は何かをくれた」という信頼が生まれる
- 共鳴の喚起——想いを語ることで、聞いた人の中に眠っていた「残したい」という気持ちが動く
- 行動の導線——QRコードからサンクスページ、モニター登録への自然な流れがある
- 心理的安全性——金銭負担ゼロ、強制ゼロ。やるかやらないかは完全に自由
これらは、従来のマーケティングファネルとは構造が違う。認知→興味→検討→購入という直線ではない。共鳴→関与→体験→共有という循環だ。購入がゴールではなく、関与そのものが価値を生む仕組みになっている。
誰でもできる
このグループイベントに、特別なスキルは必要ない。
プレゼンの才能は要らない。自分の言葉で「なぜこれが面白いと思ったか」を話せればいい。Pearl Soapを配り、Pearlの話をし、「よかったらモニターを」と伝える。台本は3分で覚えられる。
会場も要らない。すでに人が集まっている場所で、10分もらうだけだ。友人の食事会、趣味のサークル、地域の集まり——日常の延長に機会がある。
大きな声も要らない。5人でも3人でもいい。むしろ少人数のほうが、一人ひとりと目を合わせて石鹸を手渡せる。一人ひとりに物語が届く。
10分と石鹸があれば、誰でも始められる。
負担のない関与が、未来を作る。