1. 2002年の幻
ホンダが2002年のモーターショーに出展したコンセプトカーがある。「アクティ・コンポ」という。軽トラックをベースに1軸2輪のトレーラーを連結した6輪車で、全長約5m・約4700リットルの荷室を持つ「運べる部屋」だった。移動事務所、キッチンカー、ホビースペース——あらゆる用途を想定した独創的な提案だった。
市販はされなかった。ベース車両のアクティは2021年に生産終了した。でも23年後の今も、SNSでは定期的に「なぜ市販化しなかったのか」という声が上がる。
夢が現実に追いつかなかった、ということだ。
2. EVはオワコンだったのか
少し前まで「EVはオワコン」という言説があった。充電インフラが足りない、航続距離が短い、売れていない——そういう声だ。
でもそれは日本とアメリカだけを見ていた場合の話だった。2025年の世界EV販売台数は1,850万台、前年比21%増で過去最高。中国は1,160万台、欧州は33%増。世界全体ではEVシフトは加速している。
日本でEVが売れないのはハイブリッドが強すぎるからで、新車販売のEV比率は約2.4%、ハイブリッドは50.1%だ。アメリカはトランプ政権の補助金廃止で成長が鈍化した。「EVが売れない」のはローカルな現象だった。
3. 世界情勢が変えた文脈
戦争と紛争が現実のリスクになっている。エネルギー供給の不安定さが増している。太陽フレアによる電力網の遮断という可能性も、かつてより真剣に語られるようになった。
その文脈の中で、EVの意味が変わった。
日本は石油の大部分を輸入に依存している。地政学的危機で供給が途絶した場合、ガソリン車は動けなくなる。でも太陽光発電と組み合わせたEVは、外部の供給網から切り離された状態でも動き続けられる。
「EVオワコン」という言説は平時の話だった。有事の文脈では、EVはむしろ最も堅牢な移動手段になる。
4. 運べる部屋、再び
アクティ・コンポが提案した「運べる部屋」という思想は、今のバンライフ・移住ブームの中で再評価されている。場所に縛られない生き方、移動しながら働く生活——その需要が可視化された。
ダイハツ・トヨタ・スズキが共同開発したe-アトレーは、その答えの一つだ。AC100V/1500Wを標準装備し、走行中も車外への給電ができる。V2H対応で、家への電力供給源にもなる。荷室はフラットで最大350kg、ベッドキットを組めば車中泊もできる。
2002年の幻が、形を変えて現れた。
5. 石油依存から降りるということ
「金融システムから降りる」という選択をした話を以前書いた。売却益で全ての債務を返済して、借りない・借りさせない構造で生きていく。その設計と、石油依存から降りるという選択は、同じ構造を持っている。
外部のインフラに依存しない。供給が途絶しても動き続けられる。その設計を、生活のあらゆる層で重ねていく。
金融システムから降りる。石油依存から降りる。固定された土地から降りる。——それぞれが独立した選択に見えて、全部が同じ方向を向いている。
6. 移動するインフラ
トキストレージは「どこにいても記録し続けられる」インフラを目指している。戦争が起きても、太陽フレアが降り注いでも、金融システムが止まっても、声と記憶を残し続けられる。
その思想と、V2H対応のEVで移動しながら生活するという設計は、重なっている。移動するインフラ。場所に縛られない記録。土地に帰れなくても供養できる持ち運べるお墓。
全部が同じ問いへの答えだ。「固定された場所・システム・供給網に依存しなければ、何が可能か」という問いへの。
7. 2002年から2026年へ
アクティ・コンポが出た2002年、EVはまだ実用的な選択肢ではなかった。「運べる部屋」という夢は、技術が追いついていなかった。
24年後、技術は追いついた。AC100V標準装備、V2H対応、航続距離257km。伊賀への移住、石鹸や機材の輸送、現地での音声収録、車中泊——一台でそれが全部できる。
夢が現実になるのに24年かかった。でも世界情勢が変わって、その夢の意味が変わった。「便利だから」ではなく「これでないと困る」という文脈に変わった。
8. 石油依存から降りる日
ガソリン価格が190円台に上がった。前週比29円増。エネルギーの不安定さが日常に滲み出している。
石油依存から降りる選択は、今この瞬間に意味を持つ。有事への備えとして、コスト合理性として、思想的な一貫性として。
浦安から伊賀まで約475km。途中でSA・PAで充電しながら走る。伊賀の家でV2Hを使って電力を自給する。移動するトキストレージのオフィスとして、現地で声を記録する。
2002年の幻が、2026年の生活設計になった。
石油依存から降りることは、金融システムから降りることと同じ構造だ。外部の供給網に依存しない設計を、生活の全層で重ねていく。