金融システムから降りる日

信用情報の傷が何を意味するか、問い直した結果が設計になった

この記事で言いたいこと:「信用情報に傷がついたら、何が困るのか?」という問いから始まった。借りない生き方をするなら、「借りていい人」の証明は必要ない。売却益で全額返済してゼロにする——それは債務の解消ではなく、金融システムから降りる出口だった。

1. 3万円をどう用意するか

海外災害ボランティアを目指して、私財を投じて研究開発を始めた。当時の勤め先に相談したが、取り扱う部署がないこと、年の半分を海外で過ごすという働き方が就業規則上想定されておらず、雇用契約を解消することになった。安定収入がない中で、災害復興と墓守を続けながら現地ネットワークを形成してきた。帰国後は、海外災害復興ボランティア中に出会った日系人の親族の納骨支援調査を最優先として活動した。その結果、返済が滞り、現在に至る。その過程で積み上がったのが、今の債務だ。

月末までに複数の支払いが重なっていた。カードの支払いが3月25日までに3万円。銀行口座への入金が3月27日までに数十万円。自動車ローンが3月31日の午前中に数ヶ月分。

手付金が月末に入る予定だったが、それより先に来るものがあった。3月25日の3万円だけが、どうしても手付金より前に必要だった。

メルカリで売れるものがあるか考えた。起業家の知人に声をかけてトキストレージを使ってもらうか考えた。消費者金融という選択肢も浮かんだ。

そのとき、ふと問いが浮かんだ。「信用情報に傷がついたら、何が困るのか?」と。

2. 信用情報とは何か

信用情報機関には、ローンやクレジットカードの支払い履歴が記録されている。支払いが遅延したり、債務整理をしたりすると「異動情報」として登録され、5年間残る。その間、新規のローンやクレジットカードの審査が通りにくくなる。

一般的には「信用情報に傷がつく」ことは避けるべきことだとされている。でも、それは「借りたい人」にとっての話だ。

借りない生き方をするなら、「借りていい人」の証明は必要ない。

3. 完済のタイミングは関係ない

異動情報が登録されたあとに全額返済しても、5年のカウントは変わらない。「異動あり・完済」として記録され、5年後に消える。月末に返済しても来年に返済しても、消える時期は同じだ。

では分割で5年かけて返す交渉をした方が賢いか、とも考えた。でもそれは違った。数千万円を5年分割にすれば、利息が数百万円単位で余計にかかる。信用情報上のメリットは何もない。

売却益で一括返済してゼロにする。それが最もシンプルで、最も経済的だった。

4. レンタカーとWiseデビット

信用情報に傷がつくと何が困るか、具体的に考えてみた。新規のクレジットカードは作れなくなる。ローンは組めなくなる。

ただ、すでに持っているカードは使い続けられる。Wiseのデビットカードは信用情報と無関係なので影響しない。海外でも使えて、現地通貨に自動両替される。

マウイ島でレンタカーを借りるときのデポジットはどうするか、と考えた。でもそれも、現地の知人と現金で直接やり取りすれば解決する。信用情報がなくても、信頼関係があれば動ける。

5. 借りない、借りさせない

トキストレージの売上はWise経由で受け取れる。伊賀での暮らしも、現金とデビットカードで成立する。ローンを組む必要がない生活設計になっていれば、信用情報が5年間傷ついていても実害はほぼない。

むしろその構造の方が一貫している。借りない。借りさせない。負債を持たない。持たせない。

信用情報とは「この人は借金を返してくれる」という証明だ。その証明が必要な場面に、これからの生活には入らない。であれば、その証明の維持に3万円を使う必要はない。

6. 物件売却が出口になる

不動産の売却益で数千万円の債務を一括返済する。それは単なる「借金を返す」という行為ではない。

金融システムとの関係を精算して、そこから降りる——という出口だ。

ローンを組んで家を買った。その家を売って、ローンを返す。一見すると元に戻るだけに見える。でも、降りた先には別の設計がある。Wiseと現金で動く生活。信用スコアではなく、信頼関係で動く経済。

7. 美しい着地

国際ボランティアで出会った「無名氏」と刻まれた墓石から、トキストレージは始まった。全ての人に、存在を証明する機会を作りたい。

その活動を、借金をしながら続けることの矛盾が、ずっとどこかにあった。売却益で全額返済してゼロにすることで、その矛盾が消える。

存在証明の民主化を目指すプロジェクトが、金融システムの外側で動いている。借りない、借りさせない構造の中で、声と記憶を1000年先に届けようとしている。

それは、筋が通っている。

8. 意図しない副産物

この一連の経験を経て、金融システムから独立してシステムを持続可能にする具体的なアプローチも洗練させることができた。これは意図しない副産物だった。

災害耐性を主張するトキストレージは、作者自らが既存の社会インフラから断絶される構図の中で生み出し、利用し続けることで洗練されている。逆説ではあるが、それ自体が一つの信頼たる要素でもある。

机上で設計された耐久性ではなく、実際に断絶された状況の中で検証された耐久性。声と記憶を1000年先に届けるインフラが、作者の生活の中で本当に機能しているかどうか——それは、使っている本人が証明し続けている。

戦争や紛争が激化し、太陽フレアが電力網を遮断したとき、金融システムは実質機能しなくなるだろう。そのとき、記録はし続けることができる。信用を使い果たしてそれ以上借り入れができないという構図と、災害時にどこにも頼れる先がないという構図は、ニアリーイコールだ。そういった状況下でも使い続けられることを想定しているプロダクトやサービスは、思い浮かぶ限り存在しないか、限定的だ。

トキストレージは、その空白を埋めようとしている。

9. 借りたものは返す

借りたものは返す。それは変わらない。不動産の売却益で全ての債務を清算できる見込みが立っている。この状況は一時的なものだ。

各借入先から多数の電話、メール、訪問を受ける経験もした。おそらく大半の人がイメージするであろうことは起こらなかった。怖い人が怒りをぶつけてくる、恐怖で夜も眠れなくなる——借金は悪であり恐ろしいことが起こるというストーリーは、幻想だとわかった。

実際は繰り返しだった。誠実に、目処があることを説明し、双方の状況を踏まえて、できることとできないことをテーブルに出して、それぞれが判断して対応していく。感情がネガティブに振れるような圧力は、限定的だった。

ここで得られた教訓は、誠意を貫く姿勢、嘘や誇張は不要であり、できうることを全てやり切るコミットメントだということだった。

ただ、この経験が教えてくれたことがある。時間軸の中で、想定通りにいかないことは起こり得る。悪意も故意もない。ルールはルールとして処理される。それは抗いようがない。

でも、そういう状況下でも生存はできる。存在を肯定することもできる。表面的な期待や承認ではなく、魂の要請に従って歩んできた証として、この経験は刻まれる。勲章と捉えている。

10. 金融システムから降りる日

3万円の支払いができないことで信用情報に傷がつく。その事実は変わらない。

でもその傷は、降りるための最後の一歩だった。月末に全額返済して、5年後に情報が消えたとき、もうそこには戻らない。新しいローンを組むつもりもない。クレジットスコアを回復させる理由もない。

降りた先で、別の経済の中で生きている。

信用情報の傷が何を意味するか、問い直した結果が設計になった。

トキストレージは、声・顔・ことばを1000年先に届けるプロジェクトです。

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